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ハイドロアエロプラン

飛行機を水上から飛ばすというアイデアは古くからあり、ライト兄弟以前の実験者ヴィルヘルム・クレスが1901年に離水を試みて失敗している。ライト兄弟以降では、1905年のボアザンの水上グライダーの離水実験等を経て、最初に動力飛行で水面から離水したのは、アンリ・ファーブル(Henri Fabre)のイドロアエロプラン(Hydro-aéroplane )である。

1910年3月28日、マルセイユの北西に少し離れたところにあるマルティーグのベール湖上において、本機は飛行機として世界最初の湖面からの離水、約800mの水上飛行、着水を成し遂げている。1913年にこの機体はル・カナール(Le Canard )という名に改名したが、その名称にも現れているように当機の構成は先尾翼形で、前部に1つ後部主翼下に2つのフロートを備え、50馬力のエンジンと推進式プロペラにて380kgの機体を宙に浮かせた。

実用的な水上機としての最初期の物に1911年のカーチス水上機(米海軍名称A-1)がある。カーチス水上機はカーチス陸上機の降着装置を取り替えた物であり、機体下部にフロートを一つ、左右に補助フロートを備えていた。機体構成は、まだライトフライヤーのような帆布張りの翼とステーだけの構造から大きな変化は遂げていない。

カーチスは海軍の装甲巡洋艦USSペンシルベニアの傍らにこの機体で着水し、艦上にクレーンで収容され、再度海面におろされた後、離水して基地に帰投するというデモンストレーションを行い、実際にこの機が軍艦で運用可能な事を証明してみせた。その結果この機体は海軍にA-1の名前で正式に採用され、初のアメリカ海軍機となった。
(wikipedia参照)